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大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)4236号 判決 1964年5月30日

原告 梅沢春胤

被告 中島知男

主文

被告は原告が金二五万円を支払つたときは別紙目録<省略>記載の家屋の一階西隅の部分(別紙図面<省略>赤線の部分)を明渡せ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告において立退料一〇万円を支払い、かつ昭和三八年九月一日から昭和三九年二月末日までの間の賃料を免除することを条件に別紙目録記載の家屋の一部を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

「原告の祖父梅沢春香は、被告に対し別紙目録記載の家屋の一部(別紙図面赤線の部分)を昭和二十四年頃から期間の定めなく賃貸していたが昭和三六年二月一四日死亡したので、原告はその相続人として右家屋全部を相続したことに伴い、賃貸人たる地位を承継するに至つた。

ところで、原告の相続財産は右家屋及びその敷地のみであるが、これに対する相続税額は金二、二一九、三八〇円であり十年間の延納を許可されたものの、利子税額を加えるとここ数年の間毎年三十数万円を納付しなければならず、また、固定資産税は一年に付金四二、〇〇〇円が課徴される。原告は昭和三六年に大学を卒業し、サンスター歯磨株式会社の社員として勤務をはじめたばかりで、月収わずかに二四、九〇〇円(手取二一、〇〇〇円)にすぎず、家族は、父はなく、祖母、母、弟の四人で生活費に月約四〇、〇〇〇円は要るので母ミツ子が裁縫の内職によりその生計を補つている有様であるから、昭和三七年分の相続税分割納付額三九四、四八〇円は親族から借金して納付し、また、昭和三八年分の三八二、八八〇円は庭の石燈籠等を処分して納付したが昭和三九年分以降の分については納税の見込がない。よつて、原告としては、納税資金獲得のため、右家屋を売却するほかないのである。他方被告は大阪市内のビルの一室で塗装業を営み生活は安定していて、家族は妻と子供二人であつて住居を移すことに支障はない。

右の次第で、原告は賃貸借を解約するについて正当な事由があるから、昭和三八年八月一〇日口頭で被告に対し解約の申し入れをした。よつて、本件賃貸借契約はそれより六カ月を経過した昭和三九年二月一〇日限り終了した。

よつて、原告は被告に対し立退料一〇〇、〇〇〇円の交付と昭和三八年九月一日から昭和三九年二月末日までの賃料免除を条件に本件家屋の明渡を求める。」

証拠<省略>

被告は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のとおり述べた。

「原告主張の事実は被告が原告の祖父梅沢春香より別紙目録記載の家屋の原告主張の部分を期間の定めなく賃借し、現在これに居住していることおよび被告の家族が四人で被告は大阪市内のビルの一室において塗装業を営んでいることは認めるが、梅沢春香が死亡したこと及び原告がその遺産を相続したことは不知、その余の事実は否認する。

証拠<省略>

理由

被告が別紙目録記載の家屋の一部を原告の祖父梅沢春香から賃借し、現在居住していることについては当事者間に争がない。そして、成立に争いない甲第二号証、証人梅沢ミツ子の証言および原告本人尋問の結果によれば梅沢春香は昭和三十六年二月十四日死亡し、原告はその孫として本件建物およびその敷地の所有権を代襲相続したことおよびその相続に伴い被告に対する賃貸人たる地位を承継したことが認められ、原、被告各本人尋問の結果によると、昭和三八年八月一〇日に原告が被告に対して本件賃貸借契約の解約申入を口頭でした事実が認められる。

そこで、右解約申入に正当の事由があるかどうかについて判断する。まず原告側の事情について考えてみる。成立に争のない甲第三号証の一ないし三、証人梅沢ミツ子の証言、原告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。原告は、昭和三六年四月よりサンスター歯磨株式会社の社員として勤務し月収手取り約二一、〇〇〇円を得ているが、その家族は祖母、母、弟の四人家族であつて一ケ月約四万円の生計費が必要であるので、その生計は原告の収入と原告の母の内職による約一万五千円の収入とでまかなつている。原告は父が早く戦死したので祖父梅沢春香より別紙目録記載の家屋及びその敷地を相続によつて取得したが、右不動産の相続税が二、二一九、三八〇円にのぼるところから延納を申請し、これを昭和三七年七月より昭和四六年七月に至る一〇年間に分割納付を許可されたが、右金額に納期後の利子税を加えると計三、〇六五、六六〇円を納付しなければならず、昭和三七年分の三九四、四八〇円は叔父から借金して納入し、昭和三八年分の三八二、八八〇円は庭の燈籠等を処分して納付したが、右不動産については、他に、固定資産税が一年間に約四二、〇〇〇円課徴されるので、これ等の税金のじ後の納付にきゆうし、右不動産を処分して納税資金をうると共に手頃な家に移り住んで生活の方途を樹てたいと考えているものであることが認められる。

次に被告側の事情についてみると、被告本人尋問の結果によれば、被告は大阪市北区の堂ビルの一室に事務所をおき、建築の下請負業を営み、月収約四万円を得ており、家族は妻と小学校六年生の長男、高等学校一年生の長女の三人である事実が認められる。そして、原告、被告本人尋問の結果によると原告が昭和三十八年八月一〇日明渡を求めた際、被告は本件賃借家屋と同種程度の家屋に移るための敷金に充当すべき立退料二五万円を要求し、原告もこれが支払を承諾したけれども明渡時期について意見が一致しなかつたため終局的な明渡の合意が成立するに至らなかつた事実が認められる。

以上認定の事実によると、原告は今後八年間に亘つて毎年三〇〇、〇〇〇円以上の税金の納付が予定されているのに、月収わずかに二一、〇〇〇円にすぎず、実母の内職による収入を合わせてようやく家計を維持しているものであつて、別紙目録記載の家屋を売却するのでなければ右税金の納付資金の調達が困難であるのに対し、被告は、裕福とはいえないにしても、一応安定した生活を営んでおり、多年住みなれた住居を転宅することの不便は考えられるけれども、特に現在の住居を離れ難い事情がある訳ではないし、他に適当な転居先を見つけることも困難ではないし、被告の賃借部分は、八帖一間、一間巾の廊下、炊事場等約一四坪であり、これに相当する貸家を求めるのに昭和三八年八月頃において二五〇、〇〇〇円程度で足りたことは被告本人尋問の結果によつて認められ、その後当時に比して賃料や敷金の額が著しく高騰したなどの特段の事情は存在しないから、原告が二五〇、〇〇〇円を提供すれば、被告は他に相当な貸家を求めることができると考えられる。

そうすると、原告の本件賃貸借解約め申入は、相続税納付資金を調達するについて本件建物を売却処分するほかないがそうするには被告が一室に居住していては、買手を見つけるのに難儀するとか代価が必然安くなるとかのもつぱら経済上の理由によるものであるが、明渡料二十五万円の支払を条件にすることにより正当な事由を有するに至り、賃貸借契約は法定の猶予期間六カ月を経過した昭和三十九年二月十日限り消滅したものというべきである。したがつて、被告は、原告においてなお、本件家屋明渡を条件に昭和三十八年九月一日より同三十九年二月末日までの賃料および損害金の債務を免除する旨の申出もあるのであるから、右明渡料の提供があれば本件家屋を明渡さなければならない。

よつて原告の請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条を適用して全部被告の負担とし、仮執行の宣言は適当でないのでその申立を却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 麻植福雄)

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